COVID-19関連追加(2020819日)

ウイルス変異について論文2つ.

SARS-CoV-2遺伝子変異(欠失)が重症度と炎症反応に及ぼす影響】

Young BE, et al. Effects of a major deletion in the SARS-CoV-2 genome on the severity of infection and the inflammatory response: an observational cohort study. Lancet. August 18, 2020.

https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31757-8.

20201月〜3月の検討で,このΔ382変異株は3月以降認められていないらしいことに注意.

Background

SARS-CoV-2ゲノムのopen reading frame 8ORF8)領域に382ヌクレオチド欠失(∆382)を有する変異株がシンガポールなどで検出されている.この欠失が臨床的特徴に及ぼす影響を調べた.

Methods

シンガポールの7つの公立病院で実施された前向き観察コホート研究であるPROTECT studyに参加し,∆382変異株のスクリーニングを受けた患者を後ろ向きに同定した.患者の電子カルテ,入院中および退院後に採取した血液および呼吸器検体から臨床データ,検査データ,放射線学的データを収集した.∆382変異株(the ∆382 variant)に感染した患者と野生株SARS-CoV-2wild-type)に感染した患者と比較した.精確ロジスティック回帰(exact logistic regression)を用いて,感染群と酸素療法を必要とする低酸素血症(重症COVID-19の指標,主要エンドポイント)の発症との関連を検討した.本研究の主要エンドポイントのフォローアップは完了した.

Results

2020122日〜321までの間にシンガポールにおいてPCRSARS-CoV-2感染が確認された432人のうち,276人(64%)がPCR分析に使用できる検体が残っていた.この対象者のうち251人(91%)の検体からSARS-CoV-2が検出され,そのうち∆382変異株は44人(18%)から検出された

∆382変異株のスクリーニングを受けた251人のうち131人(52%)がPROTECT studyに登録されており,さらなる解析のために臨床データが利用可能であった.そのうち92人(70%)が野生株ウイルスのみに感染し,39人(30%)が∆382変異株に感染していた(そのうち29人(74%)が∆382変異株のみに感染し,10人(26%)が野生株ウイルスとの重複感染であった)4人から連続した呼吸器検体が得られ、PCR productsのキャピラリー電気泳動(capillary electrophoresis)により,症状発症から2週間目に感染が進むにつれて野生株から∆382変異株に置き換わることが示された(Figure 1

 

Figure 1: Capillary electrophoresis of the ORF8 gene showing differences across the duration of disease in four patients co-infected with wild-type and the Δ382 variant of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2

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感染群の性別および基礎疾患は同様であった(Table 1).∆382変異株のみの感染群と野生株のみの感染群を比較すると,∆382変異株に感染した患者は全体的に若く65歳以上の患者は1人(3%)のみであったのに対し,野生株のみの感染群では10人(11%)であった∆382変異株の患者は,野生株のみの患者と比較して、症状発現後の経過が遅く体温の中央値が低くベースラインの臨床検査における全身性炎症が少なかったTable 1.検体採取日を調整すると,この差は明らかではなかったが,最初の呼吸器検体からのSARS-CoV-2 PCR Ct値は,∆382変異株に比べると,野生株でより低かった.

野生株ウイルスに比べて,∆382変異株に感染した患者の方が,臨床転帰は非常に良好であった胸部X線写真上で確認された肺炎の発生率は3つの感染群すべてで同様であったが,∆382変異株のみの感染群(29人中0[0%]では,∆382株と野生株の重複感染群(10人中3[30%])および野生株のみの感染群(92人中26[28%]; absolute difference 28% [95% CI, 14-28]; p= 0.0050 [χ2検定]; Table 1)に比べて,酸素療法を必要とした患者の数は少なかった年齢および基礎疾患の存在で調整すると,∆382変異株に感染した患者は,野生株ウイルスに感染した患者と比較して,低酸素血症を発症するオッズが低かった(adjusted odds ratio 0.07 [95% CI, 0.00-0.48]; Table 2

 

 

Table 1:

 

 

Table 2:

 

患者97人から血漿検体が得られた.野生株ウイルスに感染した患者64人(66%),∆382変異株ウイルスに感染した患者25人(26%),野生株と∆382変異株が混在した患者8人(8%)であった(Figure 2).野生株の患者と比べて,∆382変異株の患者では,症状発症から中央値8日後(IQR, 4-11)において,IFN-γの濃度が高く,ケモカインであるIP-10CXCL10),MCP-1CCL2),MIP-1βCCL4),および抗炎症タンパク質(anti-inflammatory proteinIL-1RAの濃度が低かったFigure 3.特筆すべきことに,∆382変異株に感染した患者では,HGFLIFVEGF-Aを含む肺傷害および再生に関連する成長因子(growth factors)の濃度が低くPIGF-1PGF)およびRANTESCCL5)の濃度が高かった

 

 

Figure 2: Concentrations of 45 immune mediators quantified using a 45-plex microbead-based immunoassay

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疾患重症度によって層別化すると,∆382変異株ウイルスに感染した肺炎のない患者では,T細胞活性化関連サイトカイン(IFN-γTNF-αIL-2,およびIL-5)の発現が増加したが,肺傷害に関連する成長因子(HGFLIF,およびVEGF-A)は低かった.これらの免疫メディエーターのIPAingenuity pathway analysis)(※マイクロアレイやメタボロミクス,RNA-Seqなどの実験より得られたデータを基にした生物学的な機能の解釈やパスウェイ解析)では,免疫細胞間の連絡(communication),パターン認識受容体(pattern recognition receptor),Tヘルパー細胞の分化など,いくつかの古典的経路(canonical pathwayが上位10位にランクインしていたことを強調しておく.STRING(※タンパク質間相互作用のデータベース)を用いたタンパク質間相互作用解析の結果,これらのメディエーターと宿主タンパク質に対する相互作用,すなわち小胞体関連タンパク質分解(endoplasmic reticulum-associated protein degradation血小板活性化における局所接着,およびT細胞性免疫(T cell-mediated immunityが強調される

 

我々の疫学調査では,中国の武漢からシンガポールに同じ航空便で到着した3人の中国人からSARS-CoV-2 ∆382変異株が初めて検出された(症例A1-A3; Figure 3.このうち2人(A2A3)は夫婦であり,3人目は無関係であった.海外で感染してスクリーニングを受けた114人のうち,∆382型を持っていたのはこの3人だけで,中国から輸入された20人のうち15%を占めていた.3人とも野生株と∆382株の両方のウイルスが検出された

∆382変異株は,既知の3つのクラスター(クラスターABC)および2つの感染経路不明例に加えて,さらに39人から検出された.これら3つのクラスターは,遺伝子型情報が入手する前に,疫学的調査によって確立されたものである.これら3つのクラスター内のすべての症例は∆382変異株に感染していたが,他の同時期に起こったクラスター症例は野生株ウイルスのみであった.武漢からの来訪者のうち2人(症例A2A3)は,2つの教会と1つの家庭で数世代に渡って感染したクラスターAprimary caseであった.

クラスターBとクラスターCはクラスターA調査の最終時期に発生したもので,輸入感染との関連性はなく,どのようにこの2つのクラスターに感染が伝播したか不明であった.クラスターBは作業現場で発生し,複数の外国人労働者が関与しており,最初の症例(B1)は他の既知の症例との接触は不明であった.クラスターCprimary caseC1)は,すべての感染が職場で発生したと考えられ,他の既知の症例との関連はなかった.

∆382変異株に感染した症例とリンクしない例のうちの1例(症例A4)では,クラスターAの感染家庭と同じ集合住宅に住んでいたが,疫学的調査の際には直接の接触や暴露は確認されなかった.この症例はもっともらしい関連性があると考えられていたが,遺伝子型解析を行う前に感染伝播を立証することはできなかった.

これらの感染伝播初期の4人は明らかに∆382変異株のみに感染していた(症例A5A6C1C2)にもかかわらず,3人(症例A7A8,およびC3)では,野生株ウイルスと∆382変異株の重複感染が観察された.他の既知のCOVID-19症例との疫学的な関連性ははっきりせず,3人の重複感染が2つのウイルスによる独立した感染によるものであることは示されていない.しかし,初期の4人では,症状発症から816日後に診断されており,そのため,重複感染が感染の初期に存在していたが,呼吸器検体採取が遅れたために検出されなかったという説が有力である.

 

 

Figure 3: Chain of transmission between cases as established by epidemiological investigations

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Discussion

SARS-CoV-2 Δ382 変異株は,パンデミック初期に武漢で発生し,シンガポールや台湾に持ち込まれた型 で,野生株ウイルスとの重複感染として感染伝播し,発病 して2週目には優位なウイルスとなった∆382変異株は肺炎といった臨床的に重要な疾患を引き起こすが,感染は野生株ウイルスによるものに比べて穏やかな傾向があり,感染急性期におけるサイトカイン放出はあまり顕著ではなかった.観察された臨床的特徴は,ORF8が治療介入やSARS-CoV-2制御ヒト感染モデルの開発のための標的となりうることをさらに示唆している.

我々は,∆382変異株に感染した患者では,重症COVID-19と強く関連する炎症性サイトカイン,ケモカイン,および成長因子の濃度が低いことを観察した特筆すべきことは,∆382変異株に感染した肺炎患者では,低酸素血症時に通常downregulateされるSDF-1αの濃度が高かったことである.これらの所見は,∆382変異株に感染した患者では,酸素療法を必要とする低酸素血症を有する患者の割合が低いことで示されるように,∆382変異株に感染した患者の方がより良好な臨床転帰を示すという我々の臨床観察を裏付けるものであったin vitoroでの∆382変異株の複製速度は野生株SARS-CoV-2のそれと類似しており,これらの患者で観察されたウイルス量と一致しており,ORF8欠失が複製の適合性を低下させていないことを示している.この所見は、ORF8欠失を有するSARS-CoVウイルスで観察される複製の減少とは対照的である.

軽症患者における免疫メディエーターのプロファイルをさらに解析した結果,∆382変異株に感染した患者は,感染の初期段階ではより効果的なT細胞応答と血小板調節を有することが明らかになった.リンパ球減少およびT細胞の機能低下は,COVID-19の重症度と相関している∆382変異株に感染した患者で観察された感染初期IFN-γのより強固な産生は,SARS-CoV-2に対する迅速かつ効果的な抗体反応を媒介する可能性のあるT細胞のエフェクター機能を促進・維持する可能性がある

SARS-CoV-2 ORF8 は,小胞体の性質管理,細胞外マトリックスの組織化,グリコサミノグリカン合成に関わる宿主タンパク質を標的としている.STRING解析の結果,小胞体輸送に関与する宿主タンパク質は,T細胞性免疫や血小板制御に係る複数の経路に重要な役割があることが明らかになった.この知見は,ORF8によってコードされたウイルスタンパク質と宿主MHC-Iとの相互作用が,細胞傷害性CD8陽性Tリンパ球を介した抗ウイルス活性をdownregulateしてしまうことに一致しているORF8SARS-CoV-2の免疫回避に重要な役割を果たしていることを考えると,ORF8の機能を阻害することは、潜在的な治療戦略として検討される可能性がある.

ORF8を欠失した SARS-CoV-2 ウイルスが繰り返し出現していることから,この領域がヒトに対するウイルスの適応に重要であることが示唆されるORF8は免疫原性が強く,SARS-CoV-2感染の初期にORF8に対する抗体が産生されることが報告されている.ORF8に対する有意なCD4陽性およびCD8陽性のT細胞応答は,COVID-19から回復した患者においても報告されている.野生株と∆382変異株の重複感染患者の連続した呼吸器検体を解析した結果,∆382変異株が野生株ウイルスを凌駕していたことが示唆された.シンガポール,台湾,そしておそらく中国で∆382変異株が消失したのは,感染制御対策によるものと考えられる.しかし,∆382変異株はORF8の免疫回避機能が失われているため,新しい宿主での感染確立にはあまり効果がない可能性がある.重要なことは、∆382 変異株は D614G clade(ウイルス伝播力を変化させる,あるいは変化させないかもしれない)とは関連していないことであるが,伝播力に有意な差が認められない初期のアウトブレイクシーケンスに属することをゲノムデータが示している.

Limitation: 多くの患者では病気の初期検体がなく,一部の患者の検体は入手できなかったこと.データにはリコールバイアスがかかっており,関連性が見落とされたり,誤って推論されたりしている可能性があること.我々は多変量モデルにおいて重症COVID-19の既知の主要な決定因子を調整したが,臨床転帰の違いのいくつかを説明しうる未測定の交絡因子が存在した可能性があること.感染クラスターの存在もまたバイアスを増幅させる可能性があり,対象患者が感染群の代表者ではなかった可能性がある.いくつかの野生株と∆382変異株の重複感染が疫学的な連鎖から疑われるが,PCRでは検出されなかったこと.血液検体は病気の経過において,できるだけ早期に採取したが,発症日には採取できなかったこと.

Conclusions

ORF8はコロナウイルスの遺伝子変異のホットスポットであるこの領域での欠失の臨床的な影響は,炎症性サイトカインの放出が少なくより軽症であるように思われる.これらの変異株のさらなる研究は,SARS-CoV-2のウイルス学および病原性の理解を向上させ,治療法およびワクチンの開発に影響を与える可能性がある.

 

 

 

 

【ウイルス感染性と抗原性に関するSARS-CoV-2スパイク変異について】

Li Q, et al. The Impact of Mutations in SARS-CoV-2 Spike on Viral Infectivity and Antigenicity. Cell. July 17, 2020.

https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.07.012.

 

High light

100以上の変異を選択し,その感染性と抗原性の解析を行った.

優性D614Gそのものと他の変異との組み合わせは感染性が高い

RBDにおけるN331およびN343のグリコシル化の遺伝子アブレーションによって,感染性が劇的に低下した

N234QL452RA475VV483Aのような10の変異は,いくつかのmAbs(モノクローナル抗体)に対して著明な抵抗性を示した

 

Abstract

SARS-CoV-2スパイク蛋白質は突然変異しており,高度に糖鎖付加(グリコシル化)されている.これらの変異の生物学的意義を調べることは極めて重要である.ここでは,80の変異と26のグリコシル化部位修飾について,感染性および中和抗体のパネルと回復期患者からの血清に対する反応性を調査した.D614Gは,D614Gと別のアミノ酸変化の両方を含むいくつかの変異とともに,有意に感染性が高かった受容体結合ドメイン(RBD: receptor binding domain)でアミノ酸が変化した変異のほとんどは感染性が低かったが,A475VL452RV483A,およびF490Lを含む変異は,いくつかの中和抗体に対して耐性となった.さらに,グリコシル化欠失の大部分は感染性が低かったが,N331N343の両方のグリコシル化欠失は感染性を劇的に低下させ,ウイルスの感染性におけるグリコシル化の重要性を明らかにした.興味深いことに,N234Qは中和抗体に対して顕著な抵抗性を示したが,N165Qはより感受性が高くなった.これらの知見は,ワクチンや治療用抗体の開発に役立つ可能性がある.

 

 

Graphical Abstract